ガラスの靴で走れ




俺との出会いは、少女漫画みたいなベッタベッタなものだった。
不良に絡まれてたを俺が助けて恋が芽生えて、みたいな。
出会いは少女漫画だったけど、付き合うまでの過程は普通で、第三者の介入とか家の障害とかもなく「付き合おうか」「うん」って感じだった。
随分とあっさりした告白だったなぁなんて思うけど、あんな少女漫画な出会いを果たしたわけで、俺とは付き合うのがもう決まってるってノリだったから、ぶっちゃけあの告白も今更って感じが少なからずあったんだからあっさりしていてしょうがない。
だってそうじゃん。
不良に絡まれていた少女とそれを助けた少年なんて、付き合わないはずがないだろう。
因果応報ってやつ。
ロマンチックに言えば、運命。
ああ、そうか。
俺とのあの出会いは世に言う運命的な出会いってやつだったんだな。

そんなことに思考を巡らせていたら、俺にいろいろと話し掛けていたらしいはむくれた。
ちなみにここ、俺の部屋ね。

「ねぇ、ブン太が俺の家に遊びに来ねえかって誘ったんだよ?なのにさっきからぼーっとして、ゲームでも一緒にするんじゃなかったの?」
「ああ、悪ぃ悪ぃ。ちょっと思う所があってよ」
「思う所?」
「思う所」
「何、それ?」
「なんでは不良に絡まれるのかなー、ってよ」
「へ?」
「俺とが不良に絡まれていたから出会っただろぃ?」
「うん」
「でもって俺の家に来る途中も不良に絡まれてただろぃ?」
「あ、さっきは助けてくれてありがとー」
「いえいえどういたしまして。って、そうじゃなくて」
「何?」
「デートで待ち合わせている時にも絡まれて町を歩いても絡まれて食事を摂っても絡まれてるじゃん、お前」
「外出したら3日に1度のペースでね」
「なんでそんなに絡まれるの、お前」
「私が聞きたい」
「だよなぁ」

そう、そうなのだ。
あのベッタベッタな出会いの原因は言ってしまえばの絡まれやすさなのだ。
と付き合ってかれこれ1年、俺はの異常なまでの絡まれ率の高さを知った。
とにかく絡まれる。
ナンパだったりカツアゲだったり意味もなく話し掛けられてたり妙な因縁つけられてたり。
ギネスに乗ってもいいんじゃないかってくらい、は不良に絡まれるのだ。
だから俺は毎日気が気でならない。
が絡まれていないか、なんてことをいつでもどこでも考えてしまう。
おかげでケータイの通話履歴はで埋まっている。
がひとりで外を歩いている間はずっと俺と通話しているのだ。
そうでもしないと不良がすぐにに寄る。
もうは不良ホイホイとして商品化されてもいいんじゃないかとさえ思ってしまう。
そもそも何故はこんなにも不良を寄せ付けてしまうのか。
俺の勝手な見解だが、絡まれやすい体質をしている、または隙だらけ、だからではないだろうか。
こうして部屋で向き合ってても感じる。
は無防備だ。
すぐに付け込めそうな雰囲気を持っている。
それこそお菓子をあげると言えば着いて来そうだ。
だから俺はが絡まれる度言って聞かせる。
「お前は警戒心を持て」と。
曰く「いつだって知らない人を警戒してる」らしいが、そんな雰囲気はから微塵も感じられない。
ほわほわしててぼーっとしてて、いいカモだ。
俺が悪徳業者なら迷わず声を掛けるだろう。
騙しやすそうな馬鹿な女だと、そう思って。
でも実際のは馬鹿な女ではない。
騙しやすくもない。
確かに無防備で阿呆っぽい雰囲気ではあるが、しかし、実は聡い女なのだ、は。
簡単によくも知らない人の言葉に流されたりしないし、口先だけの言葉を安易に信じたりもしない。
以前絡んできたセールスマンの巧みな話術にも引っ掛からなかったし。
だからに絡んだ不良は俺に追い払われる頃にはちょっぴり焦ってる。
「こいつ、簡単じゃなかった」ってなってるからな。
を騙すつもりがの雰囲気に騙される奴等を、の絡まれ率の高さを知ると同時に沢山見てきた。
でも、いくらが誘いに乗るようなことはないってわかってはいても、あんなに絡まれていてはやっぱり心配だ。
無理矢理連れて行かれることだってあるかもしれないんだから。

「ブン太、そんなに溜息吐かないで。寧ろ私の方が溜息吐きたいよ」

俺は知らず知らずの間に溜息を吐いていたらしい。
一言謝ったら今度はが溜息を吐いた。

「ほんと、いい加減この絡まれ体質どうにかならないかなぁ」
「だからさ、お前はもっと警戒心を、」
「持ってる」
「だとしてもその警戒心が表立ってねぇんだよ。もっと「私警戒してますー」っていう感じを出さねぇと」
「出してるよ」
「でも周りから見たら警戒心が全く見えないんだな、これが」
「うー」

は小さく唸って部屋の真ん中にある卓袱台に突っ伏した。
「絡まれるのにはもう慣れた」なんて言ったこともあったが、やっぱり辛いのだろう。
俺がいない間に絡まれることもよくあるらしいし。
そういう時は丁寧に断ってすぐ逃げるらしいが、肩を掴まれて逃げるのが難しくなったりした時は、怖いだろうな。
実際そんなことがあって無理矢理逃げたらしい。
それ聞いた時は怒りで体が震えたのを覚えている。
に怖い思いをさせた奴が憎かったんだ。
でもそれ以上にが心配で、「傍にいてやれなくて悪かった」と謝ったんだっけ。
「そんな辛そうな顔しないでよ」なんてには笑われたけど。
・・・四六時中一緒にいられないのが、生物のネックだよな。
そうは思わずにはいられなかった。
四六時中一緒にいられたら、が絡まれることもなくて、絡まれたとしても助けられるのに。
ああ、思えば俺がをドラマ性とかときめきとかそういうパラメーター含めて格好良く助けられたのって、出会った時ぐらいじゃね?
あの運命的な出会い以外で俺がを不良から助けた時は、なんていうか、助けるのが当たり前って感じだし、怠惰的なもんが俺の中にあって「またか」みたいなこと思ってたし。
なんっつーか、倦怠期ってそんな感じで来るんだろうな。
そんなことをウダウダ考えている間には卓袱台から顔を上げてお菓子(昨日から用意しておいたポテチ)を頬張っていた。
ずりぃ、俺も食う。

「ねえ、ブン太」

パリッとの口元でポテチが割れる。
俺はバリバリ口に放り入れる。

「私、絡まれても平気だし、慣れてるし、だから心配しなくていいし、負い目感じなくていいし、電話とかもあんなにしてこなくて大丈夫だし、だから、とにかくあんまり気に掛けなくていいから」

は視線をピタッとポテチの袋に合わせたまま、ポテチを口に運びながら、どうでもよさそうにそう言った。
深刻な話じゃない、普通の話みたいに。
その無関心みたいな言い方は「大丈夫」っていうのを強調したくてわざとそうしてるっていうのがバレバレだった。
でもそんなこといちいち指摘するのもどうかと思う。
だから俺もポテチを食べる方が優先で、何も考えていないふうに装って面倒臭そうに言う。

「お前、俺の彼女なんだから、気に掛けるに決まってんじゃん。馬鹿じゃねぇの?」

それから少しの間、ボリボリとポテチを噛み砕く音が静かな部屋に響いた。

「そうだね。気に掛けなかったら、ブン太、酷い彼氏だもんね」
「だろぃ?」

またボリボリと2人してポテチを食べるのに集中する、フリをする。
今の会話はなかったことになっていくのを、ポテチが減る度感じ取っていた。
俺にとってもにとっても今の会話はなかったことにした方が都合がいいから、お互い特に何も言わない。
とりあえず、違う話題を探す。
それはも同じだろう。
ああ、そうだ。
昨日の赤也の馬鹿行為について話そう。

口を開けた先で笑ったは、やっぱり隙だらけで無防備な、騙されやすそうな雰囲気だった。
またいつか格好良くこいつを助けてやりたいな、なんて思いながら「それでよー」と赤也の馬鹿みたいな馬鹿話を続けた。





















馬鹿をやった。
俺は馬鹿だ。
大馬鹿だ。
今日はとの日曜デートの約束をしていて、一緒に映画を観に行こうって話だった。
待ち合わせ時間は午前11時。
現在午前11時56分。
夜中にゲームなんてするもんじゃない。
見事に寝坊してしまった。
だから俺は今、懸命に走ってる。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。
やばい。
その三文字が頭の中でぐるぐる回る。
回って回って回って回って、やばいやばいやいばいばやいやばばいやばやいやばい。
やばい。
その三文字が埋め尽くす脳内で上映されている光景はが不良に絡まれているシーンだった。
きっと多分絶対絡まれてる。
1時間も同じ場所に立ち続けてる警戒心の薄そうな女なんて、格好の餌食だ。
やばいって。
力尽くで何かやられてるかもしれない。
大人数に囲まれて身動き取れてないかもしれない。
ああ、もう、何だよ!
俺は運命的出会いを果たして恋人になったを守るのが役目なのに!
俺の負い目でを危険に晒してどーすんだよ!
助けなきゃ助けなきゃ。
格好良く、助けねぇと。

俺は走った。
必死に。
俺にとってを不良から守るっていうのは当然の行為だから。
なのにその当然のことすら出来ないとか、馬鹿過ぎるだろ、俺。
もっと早く走れ、俺の足!










待ち合わせ場所に着いた時、そこにはの姿はなかった。
なんでいないんだ、とめっちゃ焦ってキョロキョロ周りを見渡す。
どこにもいない。
なんで。
どこに。
まさか。
脳内で再生されるのはいわゆる最悪の事態。
マジかよ、嘘だろ。
ほぼ決め付けに入ってしまう、その想像。
どうしたらいいかわからなくて、人込みを掻き分けることに精を出した。
その時、女の人とぶつかった。
女の人の手にはケータイ。
あ。
そこで俺はやっとケータイという手段に気付く。
焦り過ぎだろぃ、俺。
自分が焦っていることに気付きつつもそれを抑えようともせず慌ててケータイを取り出す。
自分に落ち着けと言い聞かせている暇があるくらいなら、の無事を確認する。
ルルルルルルとコールに入ったケータイ。
出て、
俺を安心させて。
ルルルルルル ルルルルルル ルルル・・・

「もしもし?ブン太?」

の声を聞いた瞬間、体から力が抜けるのを感じた。
ホッとしすぎて倒れてしまいそうだったから、近くの花壇に腰掛ける。
マジ、焦った・・・。

、お前、マジ・・・」

もう自分が言いたいことが何なのかわからない。
でも、とにかくこれだけは確かだ。

「無事で良かった」

疲れたと息を吐けば、電話の向こうのにその溜息は聞こえたらしくクスクス笑われた。
その軽やかな声にはっと頭が冴え渡る。

「つーかお前、今どこだよ?」

そうだ。
そもそも俺が焦ったのはが待ち合わせ場所にいなかったからで、なら今はどこにいるんだという話になる。
どっかの店で時間でも潰してんのか?
するとは予想外の返答をした。

「家だけど?」

・・・い、え?

「は?」
「あのね、待ち合わせ場所に行ったらブン太いなかったから少し待ったの。そしたら怪しいセールスマンに捕まっちゃってね、何とか逃げたんだけどいつまでも同じ場所にいたらまた話し掛けられそうで。あ、そのセールスマンもずっとそこにいる感じだったから怖くてね。だからひとまずそこから離れようと思ったんだけど待ち合わせ場所にいないとブン太に変な心配掛けるなぁと思って、とりあえず近くのカフェでお茶したの。待ち合わせ場所が見える所で。でも30分経ってもブン太来ないじゃん。あれーって思ってたら不良に声掛けられて、このままお茶し続けてたらやばいなぁって思って「もう帰りますので」って言って席立ったの。それで待ち合わせ場所付近にはまだセールスマンがいたから、もう一旦家帰ってブン太からの連絡待とうってことにしたんだ。ごめんね、心配掛けたよね?」
「いや、今回のことは俺が悪いわけだし、謝るなよ。つーか、ごめん。寝坊した」
「ううん、無事だから大丈夫。今からそっち行くね」
「いや、いいよ、もう。映画の指定席も今からじゃいい席取れそうにねぇし」
「でもデートしたい」
「なら、俺がの家まで迎えに行くからこっち来なくていい」
「わかった」
「じゃあ、あとでな」
「うん、またね」

ピ、と電話を切って、俺はまた溜息。
罪悪感というか負い目というか引け目というか、とにかく自分が情けない。
彼氏だから助ける的なこと言っておきながら、全然駄目じゃん。
あー、くそ。
とりあえず立ち上がってさっさとの家に行こうと足を踏み出した時、気が落ちる自分の心境に「残念」という気持ちが混ざっているのに気付いた。
まるでが不良に絡まれていて欲しかったみたいだ。
いや、実際そうだ。
走ってる時探してる時、俺の脳内では俺が格好良くを助けている妄想が蔓延っていたのだから。
だから、残念なんだ。
を格好良く助ける自分がここにいないことが残念だ。
彼女を心配していた気持ちは本物だけど、彼女が絡まられていて欲しいと願うなんて、どんな酷い男だと自分を笑う。
でも心は正直で、「を格好良く助けてぇな」なんて思ってた。










の家に着いて俺が最初にに言ったのは「お前、今度また絡まれろよ」だった。
はぽかんと口を半開きにして間抜けな顔をしていた。

「俺が絶対格好良く助けてやっからよ」

間抜け顔のの頭をポンポンと叩いてそう笑えば「馬鹿じゃないの」と何だかは嬉しそうに笑った。
俺もも、なんだかんだで少女漫画の在り来たりベタベタ展開に憧れてるのだ。

「なぁ、今度捻挫とかしてみねぇ?」
「捻挫って自らするものじゃないと思う」
「えー、俺お姫様だっこして保健室まで運んでやるのによー」
「ちょ、恥ずかしいってそれ」

捻挫されたら心配だしに痛い思いはしてほしくないけど、お姫様だっこして捻挫したを介抱したい。
そんな矛盾を抱くのは悪いことだったりするのかな。
俺は、悪い事のような気がしつつも胸を痛めてたりしてるわけじゃない。
まぁ、そんなもんだろ。
こーゆーのってさ。





















『なぁ、コイツ、俺の女なんだけど』

初めてと出会った時、不良を追い払ったこの一言。
怒気を含んだ口調なのに冷ややかな声色で目を細めて放った。
もう一度、あんな風にあんな言葉を使ってを助けたい。
そんなことを思いながら、俺は今日も眠りにつく。
手中のケータイの通話履歴の1番上は、さっきまでコンビニに買い物に出掛けていた
ひとりでの夜道は心配だから電話してた。
でも電話しながら考えたのは、いきなり電話が切れて俺がの名前を叫んでやばいとか思いながら家を飛び出てを助けに行く、そんなシチュエーションだった。
俺、超乙女じゃん。
ああ、畜生、のこと、助けてやりてぇなぁ・・・。


1周年と5万打リクエスト企画より。

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