されこうべになっても愛してあげる




「あっちぃ」

ギラギラと肌を焼く太陽。
アスファルトから放射される熱。
道路の向こう側の陽炎。
その全てが今年の猛暑を物語っていた。

「暑い。クソ暑い。マジ暑い」
「暑い暑いって連呼しないで、ブン太。暑苦しい」
「暑いもんは暑いんだよ…。死ぬ」

ブン太はまた「あちぃー」と言いながら制服の胸元を掴んでばさばさする。
シャツは第二ボタンまで開けられているので、鎖骨やら胸元やらが露になっていて、更に汗の相乗効果で若干エロい。
私はシャツは第一ボタンを開けた状態で、団扇片手にブン太の隣を歩いている。
9月1日の始業式が終わり、一緒に帰っているのだけれど、とにかく暑い。
汗でシャツはベタベタするし、太陽は眩しいし、日焼け止めの効果は心配だしで、久しぶりの下校デートだというのにただダラダラ歩くだけになっている。
「帰りどっか寄ろうぜ、ゲーセンとか」と言い出したのはブン太だけど、最早ゲーセンで遊ぶ気力なんて残っておらず、涼しくてのんびりできる場所に行くことにした。
そんなわけで私達は遊ぶ所が揃っている町から離れて、木影の多い田舎道を歩いている。

「アイス、スイカ、かき氷」

さっきまでまばらにしかなかった木影が増え、日陰ロードに入った為、少し元気になったのか、ブン太の声はハキハキしていた。

「食べたいの?」
「まぁな」

他には焼きそばにカレー、とブン太は続ける。
それだと海の家じゃん、とツッコめば、海行きてぇーと大きく伸びをするブン太。
9月と言っても残暑も厳しいし、海にはまだ入れるだろう。
私はあの潮っぽいのが嫌いだし、水着自体がイヤだからパス。
ブン太は私のそういうのをわかってるから、私とではなくテニス部と夏休みの間に海へ何回か行った。
一応は「海どうする?」とは聞いてくれるけど、私はいつも「行かない」と答える。
無理強いをしないブン太は、優しい、と思う。

、あったぜぃ!」

暑さでヒート寸前の頭は下を向いていたから、ブン太が何を指差したのかわからなかった。

「何…」

私は気怠く顔を上げる。
すると数メートル先に、昔ながらの駄菓子屋さんが。
ブン太の方にちらりと視線を向けると、ブン太はキラキラと瞳を輝かせていた。

「お菓子食えるぜぃ!お菓子!」

考えなしに歩いていたのかと思っていたけど、どうやらそうではなかったらしい。
この駄菓子屋さんを目的地にしていたのか。
聞けば、夏休みの部活帰りはよく使っていたらしい。
帰宅には遠回りになるけど、雰囲気とか空気が好きだと言う。

「教えてくれれば良かったのに」

いつまで歩くのかわからなくて怠かった旨を伝える。
するとブン太は悪びれた様子もなく、悪い悪い、と片手を顔の前に立てて、ニッと笑った。

「奢ってやるよ」

こういう所は、やっぱりお兄ちゃんなんだなぁって思う。
可愛い顔してジャイアンだけど兄貴分。
そーゆーところが好きなわけですが。



駄菓子屋の前には、よく見るアイスケースが置いてあり、「氷」の旗もぶら下がっていた。
手動のかき氷機がその旗の下にポンと置いてある。
そして駄菓子屋の中は、一般的な駄菓子屋のイメージまんまで、「古き良き時代」という感じだ。
日本人の心に宿っているのだろうか、駄菓子屋なんて初めて見たけど懐旧の念に襲われる。
水飴や三角飴、きなこ飴など、色とりどりの飴がそれぞれケースに入っていたり、ベビースターラーメンや麩菓子、よっちゃんイカにお煎餅が所狭しと並んでいる光景は、すごく輝いて見えた。

「おっちゃーん、キャンディーアイス2本くれぃ」
「はいよ」

ブン太がお店の奥に向かって声をかけると40代と思われる細見の男の人が出てきた。
無精髭と頭に巻かれたタオルはその人を「いいおっちゃん」だと思わせる。

「タダでくれねぇ?」
「よし、特別に2000円な」

ブン太はアイスケースからキャンディーアイスを2本取り出してから私に手渡した。
おじさんはノースリーブにズボンにビーサン、麦わら帽子という格好でブン太に手を差し出す。
ブン太はポケットから財布を取り出して「おっちゃん汚い」と笑いながら100円玉を2枚その手に乗せた。

「るせぇ」

おじさんは無造作にポケットに200円を入れてから私を見た。
私はぺこりと会釈する。

「おいおい坊主。彼女か?やるな、赤髪のくせに」

おじさんはブン太の方に向き直ってニヤリと意地悪く笑った。
ブン太は私に渡したアイスを1本奪ってカラカラ笑う。

「羨ましいだろぃ?独り身のおっちゃんには目に毒、」
「黙れ」
「いてっ」

おじさんの軽いチョップを頭に食らったブン太は「サーセン」とおじさんよりも意地悪い笑みを浮かべた。

「ま、店の中で適当に食って行けよ。買いたい物あったら金は置いといてもらえばいいから。俺は奥で寝る」
「うーっす」

なんていい加減な、と少し心配になったけど、こういう人情的な何かはいいなぁって思った。

、溶けるぜぃ」
「あ」

ブン太の声でアイスが垂れているのに気付いた。
この暑さだ。
数秒で溶けるのはしょうがない。
私は急いで舐めたけど、努力むなしく手元に垂れてきてしまった。

「ベタベタする」
「ははっ」

手に垂れたアイスを舐めるけど、するとその間に更にアイスが垂れてきて問題解決には繋がらない。
しょうがないのでアイスを横に向ける。
これで手元にはアイスは垂れてこない。
と思ったけど、アイス自体の耐久力が低くなっていたらしく、危うくアイス棒からアイス自体が落ちかけた。

「…ったく、しょうがねえなぁ」

ブン太は気付けばアイスを食べ終えていて、手には「ハズレ」と書かれたアイス棒があった。
私が四苦八苦している間に…、とちょっと的外れな恨みを抱いた。
すると、

「む」

ブン太にベタベタした手を舐められた。
そのままアイスの方へ舌を進めるブン太。
苦しくなるほどの暑さ、ブン太の首筋を流れる汗、第二ボタンまで開けられたシャツ、ブン太が屈んでいる為に覗く胸元、チロチロと動く舌。

「なんか、エロい」
「そーゆーこと考えてるがエロい」

垂れていたアイスを綺麗に舐め取ったブン太は最後にペロッと自分の唇を舐める。

「ほら、また垂れるからさっさと食え」
「うん」

私はブン太が舐めたアイスを舐める。
間接キスやあーんなどは結構日常茶飯事だけど、「舐める」というのは新鮮で変な感じがする。
というか、自分の手が太陽にテラテラ照らされてて正直恥ずかしい。

「なんか駄菓子買うかー」

私がアイスを食べ終わるのを見計らったようにブン太は駄菓子屋さんの奥へ入っていった。
駄菓子屋さんのすぐ隣にあった水道で手を洗ってから私もその後を追う。
ちなみにアイス棒はハズレだった。



少し奥に進むだけで、未知の世界に来た気分になった。
お菓子や玩具で埋め尽くされた空間は狭いけど、どこまでも広がっているように感じる。



私がキョロキョロと店内を見渡していると、ブン太に呼ばれた。
振り向くと、ブン太は私のすぐ後ろに立っていた。

「何?ブン、」

ぐいっと腰を引かれる。

「ん」

唇に生温かい感覚が押し付けられる。
じわりと唇に広がったのは、アイスの味。
少しの間、それを味わってから唇は解放された。

「…どうしたの?急に」

首を傾げると、ブン太は頭を掻きながらそっぽを向いた。

「アイス、まだ食いたいなぁって思ったんだよ」

付き合ってわかったことだけど、ブン太は甘えるのが好きだ。
お兄ちゃん気質でも甘えたい時は多いらしい。
だからブン太は急に抱き着いてきたりキスしてきたりする。
食べ物といい、本能に忠実というか何というか。
街中でいきなりそういうのをやられるのはホント恥ずかしいから止めてほしいんだけど、嬉しかったりするから困る。

「美味しかった?」
「美味かった」

ブン太はヘヘッと満足気だ。
それから、「お、金平糖!」と色鮮やかなケースに食い付いた。
私はブン太の背中に圧し掛かってブン太の赤い髪越しに金平糖を覗き込む。
金平糖は10~20個ずつ袋に分けられてケースに入っていた。

「これ買うかー。は何か欲しいのあるか?」

ブン太は振り向くとそのまま私の頬に口付けた。
ブン太曰く「近いとキスしたくなる」らしい。
私は大人しくそのキスを甘受しながら「じゃあサクマ式ドロップス」と金平糖のすぐ近くにあったドロップの缶に手を伸ばす。
すると当然、ブン太に体重を掛けるわけで、

「わ」

ブン太の体がぐらっと傾いた。
けど流石スポーツ少年とでも言うのか、見事に耐えて私は缶を手にすることが出来た。

「あぶねー」

ブン太は苦笑しながら金平糖を三袋ケースから取り出す。
私は腕をブン太の首に回してまた店内を見渡した。
小さなピストルや縄跳びと一緒に飾られている仮面ライダーのお面がなんか気に入った。

、降りろー。お金あっちに置きに行くんだからよ」

あっち、とブン太が顎で示したのはお店の奥の縁側のような所だった。
私は「わかった」とだけ言ってブン太の背中から降りる。
その拍子にブン太のうなじにキスをひとつお見舞いしてやった。
私もブン太が近くにいるとキスしたくなるのだから、ブン太に文句は言えないな、なんて苦笑が漏れる。
何だろうね。
ブン太は愛しさの塊みたいなもの、なのかもしれない。
汗でベトベトしていたってブン太と触れ合うのに不快感なんてないし、寧ろいつだって触れ合っていたいと思う。
だからキスしてしまう。
この愛しい気持ちを伝える1番手っ取り早くて効果的な方法だしね。

、おいでおいで」

お金を置いたブン太は、その縁側のような所に腰掛けて私を手招きしていた。
私は従順にブン太の元へ行く。
店内には上にぶら下がるお菓子とかも沢山あって、少し身を屈めないと進めなかった。
でもそれが何だか探検してるような気分にさせてくれて、面倒だとかは思わない。
そうして辿り着いたブン太の隣に腰掛ける。
ブン太は既に金平糖の袋を開けていた。

「ほら」

ブン太は金平糖を一粒、掴んで私の口元へ運んだ。
私は指の間に挟まる金平糖だけを口に含むなんて芸当出来ないから、ブン太の指ごと口に含んだ。
それから舐めるように金平糖だけ舌の奥へ仕舞ってブン太の指を解放する。

「なんかエロいな」
「そーゆーこと考えるブン太の方がエロいの」

ついさっきしたような記憶があるやり取りをする。
ブン太は「男はエロい生き物なんだよ」と言いながら金平糖を食べる。
私もドロップの缶を開けてカラコロ鳴らしながらドロップを取り出す。

「なーんか、この風景いいな」

お互いお菓子を食べながら、じっと目の前の風景を眺めた。
お菓子や玩具で溢れる空間とその先の太陽に照らされた道。
セミの声を遠く感じる。
なんか、いい。

「隔絶された世界にいるみたいだね」
「だな」

ドロップを舐めながら、ブン太と2人の世界を満喫する。
ブン太もどうやらそんな気分なようで、コテ、と頭を傾けてきた。
私も甘えるようにブン太の肩に頭を預ける。

「ずっとココにいてぇ」

ガリッという金平糖を歯の奥で砕く音がその呟きに続いた。
私が「私も」と答える前に、ブン太の頭が私の頭から離れて、キスされる。
指を舐めたり「エロい」とか言ったりする仲な私達だけどお付き合いはプラトニックそのもので、キスしてる時に舌を入れたりは実はしたことがなかったりする。
外のセミの大合唱とは正反対に、私達は静かに優しくキスをした。
唇を離したブン太は、また私の頭の上にその赤い髪の頭を預けた。

「甘いもんに囲まれてるし、玩具もいっぱいあるし、涼しいし、何よりがいる。…最高の空間だよな」

うん、と答えて私は深く深くとブン太の肩に頭をぐっとのめり込ませた。
ブン太は私の頭のてっぺんにキスを落とす。

「ま、がいればどこだって最高の場所なんだけどな」

あまりにブン太が愛しいことを言ってくれたものだから、私は嬉しくてクスリを笑う。
その隙を見計らったように、ブン太は私の手からドロップの缶を奪って「もーらい」と3つのドロップを一瞬で口に運んでしまった。

「そろそろ帰るかっ」

私にドロップの缶を渡しながら、ブン太は立ち上がって言った。
私は缶に蓋をして、ブン太の差し出した手に掴まって立ち上がる。

「バカップルはさっさと帰れー」

不意に背中に掛かる声。
この声はこの駄菓子屋のおじさんだ。
振り返るとそこにおじさんの姿は見えず、きっと見えないところから声を張り上げたのだろう。

「おっちゃんはさっさと彼女作れよぃ」

ブン太はそう捨て台詞を残して私の手を引いて店を出た。
おじさんの「うるせー」という気だるげな声が聞こえた。

「うわ、暑っ」

駄菓子屋さんを出るとすぐに太陽の光に晒される。
日陰の有難みがよくわかる。

「とりあえず俺ん家言ってもう一回何か食うかー」

頭の後ろで手を組むブン太は「スイカがあったはずなんだよな」とか言いながら歩き出す。
私はそんなブン太の背中にアタック。

「うおっ」

反射なのか、ブン太は組んでいる腕をといて、華麗に私のことを背中でキャッチする。
前屈みになるブン太と圧し掛かる私。

「ねえ、ブン太。今度海行こうよ」

私はすっとブン太の首に腕を回した。
ブン太はそんな私の腕をぎゅっと掴む。

「お前、海嫌いじゃん」

それからブン太の手は私の太股に回った。

「でも、ブン太と一緒なら最高になるから、いいの」

そう言った瞬間、ぐわっと視界が高くなった。
ブン太が私をおんぶしたのだ。
私は「高ーい」と笑ってブン太にしがみ付く。
ブン太の旋毛がよく見えた。
根元まで綺麗に赤く染まってるなぁ、と感心。

「じゃあ今度行くか、海」
「うん」

私はブン太の旋毛にキスをして、「それにしても暑いね」と呟いた。

「ああ、暑ぃ。…早くスイカ、食べに帰るか。と一緒に食べたら、きっとすごく美味いしな」

込み上げた愛しさは、またブン太の旋毛にキスさせた。

「つーか、キスしたいからおんぶ止めていいか?」


1周年と5万打リクエスト企画より。

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