いまさら何をおそれるというの




胸に孔が空いているのに胸が痛いのは、破面の欠陥だと思う。

「なんだ、その顔は」
「いや、痛いなって」
「ああ?」

意味がわからないとでも言うかのように顔を顰めたグリムジョーに、私は苦笑で返すしかない。
肩に残された歯形をなぞるけれど、その噛み痕には、さして痛みはなかった。
じくじくと爛れていくような痛みは、いつだってぽっかり空いた孔の奥だ。

「グリムジョーは、なんで私のこといつも噛むの?」
「はっ、くだらねえ。んなこといちいち考えるかよ」

鬼畜に歪んだ笑みのまま、グリムジョーは私の腹部に歯を立てた。
薄らと血が滲み、それを舐めたグリムジョーは獣にしか見えない。
ならばいっそ、私を丸呑みにでもしてくれればいいのに。
そうすれば、私はこの痛みから解放されるのに。

「俺に食われてろ」

それは、まるで唸り声だ。
その言葉通り、グリムジョーは私を食らうように行為を続けた。
痛いのか、気持ちいいのかはわからなくなる。
ただ、こうあるべきなのだと、何度も思う。
私とグリムジョーの正しい関係がこうなのだと。








つまり、私はグリムジョーのものなのだ。
運命であり宿命であり、決まり事だ。



「よお」

ある日、グリムジョーを探していたら、ぬっと大きな影が曲がり角から出てきた。

「ノイトラ」

ノイトラは口角をにぃっと上げる。
私の好きになれないその笑みは、捕獲者のそれだ。

「今日もグリムジョーの野郎の相手かよ。ご苦労だなぁ」

メスを見下す視線もまた、好きではない。
私は不機嫌に眉をひそめて、ノイトラの脇を通り抜けた。

「おい」

恐らくわざと、肩に指を食い込ませて私を引き止めたノイトラは、小さく舌なめずりをした。
掴まれた肩の痛みに、ぐっと歯を食いしばる。
痛い、なんて言いたくなかった。

「グリムジョーがご執心なんだ、お前、そんなに“具合”がいいのかよ?」

グリムジョーのあれは執心などでは決してない。
私がグリムジョーのものだから、当然のように使用しているだけなのだ。
けれどそれをノイトラに説明する義理はないので、私はノイトラを睨み上げる。
十刃であるノイトラに私が敵うわけがなく、この態度を示しただけで、もう殺されたって仕方がない。
でも、だからって媚びる真似はしたくなかった。

「はっ、強気じゃねーか。力のないメスのくせによ。…気に入らねえ」

掴まれていた肩を解放された、と思った瞬間、ノイトラが腕を振り上げたのが見えた。

「ぁ」

死ぬ、そう思った。

「チッ」

ノイトラの舌打ちと同時に、小さな風が目の前に吹いた。

「誰の許可貰って、人のもんに手出そうとしてんだ?ノイトラ」

私とノイトラの間に、恐らく響転で、グリムジョーが割り込んでいた。
私に背を向けているが、グリムジョーの声色はどことなく楽しげなので、笑っているのだろう。

「こいつ相手にするぐらいなら、俺とやり合えよ。なあ?」
「ああ?てめぇのメスに首輪もしてねえNo6(セスタ)が、舐めたこと言いやがる」

虚夜宮の一角で二人の十刃が霊圧をぶつけると、私は一瞬で立てなくなり、床にへたりと座り込んだ。
二人にとっては戯れのようなものでも、私のような下級の破面にとっては殺人的だ。
そんな私を目にしたノイトラは「なんだよ」と苛立った声をあげた。

「この程度でダメになるメスかよ」

軽蔑すら含んだ目線だったが、私にはそれに反応するだけの力は残っていなかった。

「つまんねぇな、グリムジョー、てめぇも」
「言ってろよ」

はっ、と笑い飛ばしたグリムジョーに対し、ノイトラは飽きたように踵を返した。
一瞬で軽くなった体は、すぐに立ち上がれた。
けれどすぐに私の体は倒れる。

バシッ

グリムジョーに頬を思いっきり叩かれたせいで。

「何してんだ、てめぇは」

怒っているというよりは、不機嫌といった様子だ。

「俺の許可なく死のうとしたな」
「そんなつもりは」
「じゃあなんでノイトラなんかに殺されかけてんだよ」

胸ぐらを乱暴に掴まれ、無理矢理立たされる。
目の前でグリムジョーの瞳に、獰猛な光が差していた。


は俺が食う」


唇も指先も、何もかもが震えた。
これは歓喜だ。

私はグリムジョーのものだ。
 
そう実感すると同時に、気付いた。
私を何度だって食べようとするグリムジョーもまた、私のものなのだ。
衝動的に、私はグリムジョーの綺麗な首に噛みついた。

、てめぇ」

眉を顰めたグリムジョーに私は、あはは、と笑って答える。
きっとこの首筋に残した私の噛み痕はすぐに消えてしまう。
でも、それでも。

「ねえ、グリムジョー」

舌に僅かに残る、グリムジョーの皮膚と血の味が、私を高揚させる。

「グリムジョーのこと、食べてもいい?」

胸にあった痛みが霧散する。
私もグリムジョーを食べたかったんだ、だから痛かったんだ。

「ざけんなよ」

犬歯を覗かせた凶悪な笑みは、ちっとも怖くない。
私が怖いのは、怖いのは。

「食うのは俺だ」

グリムジョーに食べられなくなることだけだ。


グリムジョーを食べたい女のお話。

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