鐘を鳴らせ!




「あ」

暇な放課後を有効利用して図書室にある本を求めてやって来た。
すると目的の本はすぐに見つかった。
けれど困ったことにそれは棚の一番上の段。
私の遥か頭上に鎮座していた。

「ん、と・・・」

手を伸ばしたけれど届く筈はなく、上から二段目にある本に触れた。
違う、もうひとつ上だ。
目一杯背伸びをして爪先に全体重を預ける。
何とか届いたことには届いたが、私の指は背表紙を滑るばかりで中々本を引き出せない。
踏み台とか、あればいいのに。
そう思った矢先、

「何してるんすか?」

と声を掛けられた。
振り向いた先には呆れ返っていますと表情で訴える後輩、財前君。
私は爪先立ちを止めて足の裏全体を地に着けた(地と言っても図書室のカーペットだけど)。

「ちょっと本が取れなくて」

恥ずかしながら苦笑する。
すると財前君はすっと手を伸ばしていとも簡単に目的の本を棚から引き出した。

「背、小さいんすね」

財前君はからかうでも見下すでもなくそう言った。

「平均的な身長だよ」
「本棚の一番上の段に届かないんじゃ低いっすよ。牛乳飲んだほうがええんちゃいます?」
「うーん。成長期って15歳からあるのかな」
「ないと思いますわ」

手渡される厚い本。
ありがとうと言えばどういたしましてと言われる。

「財前君は優しいね」
「好きな人には、ですけど」
「そうなんだー。今流行りのツンデレ属性なんだね」
「・・・・・・」

財前君は微妙な顔をして、「じゃあ」と図書室のカウンターに向かった。
ちなみに私と財前君は同じ図書委員だ。
今日は財前君の担当日。
だからカウンターにいる。
私もまた財前君に取ってもらった本を抱えてカウンターに向かう。

「貸し出しお願いします、図書委員さん」
「先輩も図書委員でしょ。自分でやっといてもらってええですか?めんどいんで」
「今日は財前君の担当でしょ。だから財前君がやりなさい」
「めんどくさいっすわ」

そうは言いつつしっかり貸し出しカードに判子を押す財前君。
口は悪いけど根は良い人なのだ。
私はイイ後輩を持ったと思う。





















「はぁ・・・」
「どうかしたんか財前。大きな溜息吐きよって」
「いや、ちょっと悩んでたりしてて。てゆーか謙也さん近いっす」
「あーあれやろ。ちゃんのことやろ」
「部長、ようわかりましたね」
「財前が悩むのなんてちゃんのことくらいやん」

白石部長がニッと笑った。
俺は謙也さんを押し避けながら、やっぱり美形やなぁ、なんて思う。
変人やけど。

「てゆーかちゃんとか馴れ馴れしいっすわ部長」
「ええやん。俺とちゃん、結構仲良しなんやで?」

あ、イラッとした。

「安心しい、財前。白石とちゃんの会話内容、全部財前のことやから」

謙也さんはテニスウェアを脱ぐ。
そこで俺はまだテニスウェアを着たままであることに気付いた。
ちなみに部長はすでに着替え終わっている。
無駄なく着替えたんやろな。

「そうそう。しっかり財前のことアピールしてあげとるんやから感謝してもらわんとな」
「余計なこと、しないでいいっすわ」
「先輩の気遣いやっちゅー話や」
先輩と仲良うするんやったら俺の株上げなくていいんで」

ズボンを履き替えてベルトを締める。
謙也さんはスピードスターらしいからもう着替え終わっていた。

「独占欲強いなぁ、財前は」

鞄の中を何やらごそごそしながらそう言ったのは謙也さんで。

「全てはちゃんへの愛やな、愛!」

目を輝かせながらそう言ったのは部長やった。

「その愛に本人は全然気付かないんすわ」

溜息を吐きながらテニスウェアを脱いでシャツに腕を通すのは勿論俺や。

「いつものことながらちゃんは鈍いなぁ」
「謙也の言う通り、それもあるかもしれへんけど、財前のアプローチがわかりにくいんちゃう?」
「でも以前より全然露骨になっとるで」
「うーん。財前、今日はどんなアプローチしたん?」

俺が先輩を好きになったのは1年の時やった。
そんで気付けば俺が先輩を好きなことは先輩達にばれてて、今ではこうして俺の恋愛相談に乗ってくれている。
変人には変わりない先輩達ではあるけれど、ほんの少しだけ感謝してるっちゅーことは絶対に口には出してやらん。

「あー、優しいんだねって言われて好きな人には優しいんですって言ったんすけど」
「「それはちゃん気付かへんわ」」

そして俺の恋愛相談を受けている間に先輩達は先輩が恐ろしく鈍いことを知り、俺にあれやこれやといろんなアプローチ方法をアドバイスしてくる。
ええ迷惑、と言いたいところやけどなんだかんだで役に立つこともあるからそうは言えなかったりする今日この頃といった感じや。

「もういっそ告白したらええんとちゃう?」
「それはあかんで、謙也」
「そうっすよ、何言っとるんすか謙也さん」

まぁ、謙也さんのアドバイスは基本的に役に立たないんやけど。

「でもあんだけアプローチしてて気付かないとなると・・・なぁ?」
「馬鹿ですね謙也さん。アプローチが利かないから告白したらあかんっすわ」
「財前、今俺のこと馬鹿って言ったか?なあ、俺先輩やで?」
「今のままじゃ財前はちゃんにとってただの後輩や。全く意識してもらってへんのやから告白したところで断られるのは目に見えとるしなぁ」
「まあ先輩の場合告白しても告白されたことに気付かないかもしれないんすけどね」
「せやなー」
「なあ、無視?俺のこと無視?浪花のスピードスター無視?」

ここで次はどういったアプローチをしようかという話になった。
自分のことじゃないのに真剣に考えてくれるんやから、ホンマ、

「ここは毒草プレゼントとかするのはどや?」
「いや、高速ペン回しを身に付けて披露。ときめかせる作戦や!」

「・・・先輩ら、阿呆ちゃいます?」





















「あれ?財前君何してるの?」

休日本屋さんに買い物に出かけた時のこと。
たまたま財前君に遭遇した。

「あ、先輩。いや、ちょっとどっちの本買おうか迷って」

財前君が私に見せたのは音楽系の機械的な雑誌だった。
表紙を見ただけで私の専門外であることがわかる。
けれど

「先輩はどっちがええと思います?」

財前君はそんなことを私に言った。

「私、こういうのわからないし」
「わかる俺が決められないんすから先輩が決めてください」
「でも変な雑誌選びたくないし、それで財前君に迷惑掛けたくないし」
「変な雑誌やったら俺が迷うわけないやないっすか」
「あ、そっか」
「それに、」
「それに?」

首の後ろを掻きながら財前君は照れ臭そうに俯いた。
あれ、何だか可愛い。

「先輩が選んだっていう事実が俺には大切なんで」

財前君の首を掻いていた手が頭に移る。
私はちょっと財前君の台詞に照れて頬を掻きながら微笑んだ。

「そっか。・・・ちょっと驚いた」
「何がっすか?」

「まさか私がそんなに財前君に頼られるような先輩でいたことに」

財前君は俯いていた顔を上げた。
ポカンとしていた。

「・・・え」

半開きの口から零れるその一言。
あれ?
可笑しなこと言った?

「だって私って頼りない感じするでしょ?だからそんな風に頼られるとは思ってもみなかった」

えへへと笑うと溜息を吐かれた。

「もしかして・・・そういう意味じゃなかった?」
「はい。先輩に頼るとかそういうのありえませんし。あの先輩に」
「あのって何よー、あのって」
「具体的に言いましょか?」
「・・・結構です」

そして「とりあえず勘でいいんで選んでください」と2冊の雑誌を差し出される。
「じゃあ」と私が選んだのは可愛いイラストの載っているポップな雑誌。
私に選ばれなかったクールな雑誌は本棚へと吸い込まれていった。
財前君の趣味ならクールな方なんだろうな、と思った矢先、そっちを選べば良かったと後悔したが財前君は何となく満足そうな表情だったので、まあよしとしよう。
そのままレジに行くのかなと思ったけど財前君は動かなかった。
そして口を開く。

「さっきの、」
「ん?」

またしても首の後ろに手を回して財前君は言った。

「先輩に選んで欲しいっていう意味なんっすけど、そもそも俺は誰かに選んでもらったりとか基本的にしないんですわ。でも先輩に選んで欲しくて。・・・その意味、わかります?」

残念ながら「頼られた」以外の答えは私には思い付かず首を振る。
すると財前君はまた頭を掻いた。


「先輩は俺にとって特別って意味ですわ」


え?

財前君は少し困惑している私を一瞥して踵を返した。
別に何もなかったかのように少々だるそうに歩く後姿を、私は追った。

「ざ、財前君!」
「・・・何っすか」
「さっきの言葉だけど、」
「はい」

「私も、財前君は特別仲の良い後輩だから!」

「はい。って、・・・え?」
「白石君とか忍足君とかの方が財前君からしたらもっと特別なんだろうけどねー」
「え、は・・・はい」
「こんなに仲良しの後輩がいるなんて、なんか嬉しいなぁ」

財前君は微妙な顔をしてレジに並んだ。
そういえば財前君は私との会話の後、いつも微妙な顔をする。
気のせいかな?





















「鈍っ!!」

先日の本屋のエピソードを話したら謙也さんは変な顔をして驚いた。
俺もあれには少し驚いた。
告白みたいなものやったのに。
部長は何やら考え込んでいる。

「特別を仲良しって意味で捉えるんか。流石やなちゃん。あっぱれやで・・・」
「イイ後輩から仲良しな後輩に昇格したって思えばまだダメージ少ないんすけどね」
「・・・いや、それは降格やで財前」

部長が重たい口を開いた。
無駄にキメ顔である。

「降格、っすか?」
「ああ。よう考えてみい?ちゃんにとって今や財前は仲良しな後輩になった。つまり、どんなに優しくしようが特別扱いしようがそれは全て仲が良いからという一言で片付いてしまう。それはどういうことかというとや」
「・・・はっ!財前は恋愛対象として意識されへんっちゅーわけか!」
「アタリやで謙也!コケシやるわ」
「いらんわ」

そして「困ったなぁ」「どうする?」という先輩達の声を右から左に受け流しながら俺は、失敗したなぁ、と思った。
多分好きやって直球で先輩に言ったとしてもそれは後輩の先輩に対する友情的なもんやと捉えられて終わりや。
もう失恋気分や。

「いや、諦めるのはまだ早いで」

ぐっと拳を握って燃えているのは謙也さんだった。

「こうなったらガンガン押しまくれ財前!」
「・・・いや、結構押してきたんすけど」
「まだや!まだ足りん。相手はあのちゃんやで?映画館暗室ドキドキデート作戦でデートに誘った時「大勢の方が楽しいよ」と言ったちゃんに「先輩と2人がいいんす」と返した財前に対して「確かに映画館で団体行動は取りにくいね、横一列にずらーっと並んだら会話難しいし」と言ってのけたちゃんやで?普通の押しじゃ甘いんや」

だけどこれ以上どうやってアプローチしろと。
そういった思いで部長を見れば部長はテニスの試合で見せるような真剣な目で俺を見ていた。

「謙也の言う通りや、財前。・・・押したもん勝ちや」

「いや、意味わからないっすわ」





















担任の先生との二者面談が終わって帰る時だった。

先輩、今帰りっすか?」

財前君と偶々校門前で鉢合わせした。
聞けば今日はテニス部の練習は早く終わったとか。

「もう暗くなりますし、送りますわ」
「え、悪いよ!」
「気にせんといてください。俺が先輩と帰りたいだけなんで」
「そっか。・・・なら、お願いします」
「ツッコミなしっすか」
「え?」
「いや、別に」

財前君はいつもの微妙な顔をした。
そしてテニスバッグを背負い直して「ほら、帰りましょ」と歩き出す。
それからの財前君との下校は楽しかった。
というか相変わらず財前君は優しくて私は感謝するばかりだった。
さりげなく道路側を歩いてくれるし、途中自販機でジュース買ってくれるし。

『あ、この新発売したジュース。飲みたいんだよねー』
『飲みます?』
『それが今日財布忘れちゃって。だから明日にでも飲もうかなーって』
『これくらい奢りますわ』
『いいよ、別に』
『遠慮しないでいいっすわ。先輩の為に何かしたいだけなんで』

そんな感じで先輩思いの財前君からジュースを奢ってもらったわけだけど、よく考えればこういったことは今までよくあった。
部活に遅れるというのになくした消しゴム一緒に探してくれたり、ゲームセンターのUFOキャッチャーで取ったという熊のぬいぐるみくれたり、テストの点が悪かった時慰めてくれたり。
本当に財前君は優しい後輩だ。
それに比べて私は財前君に何もしてあげてない気がする。
何か、してあげたいな。

「・・・財前君」
「はい?」
「何か私にしてほしいことってある?」
「いきなりどうしたんすか?」

閑静な住宅街には私と財前君の声しか響かない。

「ほら、ジュースといい私って財前君にいつも何かしてもらってばかりだなーって思って。だから恩返ししたいっていうか。頼りないかもしれないけど何でも言ってね!何でもするし」

安心させるように笑顔を浮かべれば財前君は固まった。
急に立ち止まるものだから私も勿論立ち止まる。
財前君は困惑気味に呟いた。

「別に、俺がしたくてしてることなんで・・・恩返しとかいいっすわ」
「それじゃあ私の気が済まないの」
「・・・じゃあ、」
「じゃあ?」

財前君はその困惑した顔を何か覚悟を決めたように引き締めて私を見つめた。
私はその深い瞳に吸い込まれる。


「ずっと先輩の傍にいさせてください。そんで俺のこと好きになってください。れ、」


「そんなの困るよ」
「え」

「だって傍にいるってそれじゃあ結局何の恩返しもできなさそうだし。それに私、財前君のこととっくに好きだし。何と言っても財前君は特別仲良しな後輩だもんね!」




















「で、その後財前はどうしたん?」
「溜息しか出えへんかったっすわ」

俺が告白のようなものをした翌日、いつものように部室で部長と謙也さんに恋愛相談をした。
「ずっと先輩の傍にいさせてください。そんで俺のこと好きになってください」の後に続く筈だった「恋愛的な意味で」を遮られたことが敗因であることは疑いようがなく、その後しっかりそれを告げなかったことも敗因だ。

「曲がりなりにも先輩に好きって言われて頭真っ白になったんすわ。そしたら「恋愛的な意味です」って言うタイミング逃して」
「それは財前がしっかり伝えなあかんかったんちゃう?」
「そうは言ってもな、謙也。その雰囲気の中で好きって言われて気付かない方が異常やで」
「部長」
「なんや?」
先輩のこと異常とか言わんといてもらえます?先輩の悪口は許されませんわ」
「・・・すまん」

普通に好きとか言ったところで恋愛的な意味で捉えてもらえることはありえへんとはわかってはいた。
せやけどそれを実感すると思った以上にショックやった。
先輩にとって俺はただの後輩でしかないのだとわかるから。
・・・俺のこの恋はいつになったら実るんやろ。

「ま、とりあえず、」

部長と謙也さんがニヤリと意地の悪い笑みを浮かべ、親指を立てる。

「「ドンマイ」」

「殴っていいっすか?」





















先輩、俺、諦めませんから」
「え、何を?UFOキャッチャーを?」
「先輩のこと、諦めませんから。・・・覚悟しといてもらいますわ」
「はっ!まさか私、しっかり者になる為に教育されるの!?」
「・・・とりあえず、今度2人で遊園地とかどうっすか」


1周年と5万打リクエスト企画より。

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