月光小夜曲愴愴
暖かい日。
大きくて温かい手が優しく頭を撫でた。
「何を笑っている」
低くて穏やかな声が降ってくる。
「サティの膝枕、好き」
私は微笑みながら瞼を上げた。すると寝ていろと言わんばかりにサティの手に視界を塞がれる。目を覆ったサティの手が気持ち良くて、私は眠気に襲われた。
「、私と共にいてくれるか?」
うつらうつらしながら、私は答える。
「勿論よ、サティ」
おでこに落ちたサティの唇に笑みを零して私は眠った。(サティと共なら、どこへでも行くよ)
寒い日。
サティの手に包まれた私の手。温かい。
「?何を立ち止まっている?」
無理矢理引っ張ることをせず立ち止まってくれるサティ。
「もっとゆっくり歩こう?」
「なぜだ?」
「そうすればより長くサティと手を繋いでいられる」
私が笑ってそう言えば、サティも笑った。
「邸に着いても繋いでいればいいだろう」
ぎゅっと握力が強められた。痛くない。
「そうね、ずっと繋いでいましょう!」
私がやっと歩みを再開すると、サティの歩調が緩やかになった気がした。(この手、離したくないよ)
戦の日。
私はサティの隣にいた。
「、逃れてくれ。常世にいては滅びるだけだ」
「嫌よ!サティの傍にいたいの。お願い、ここにいさせて」
何度も何度もそんなやり取りが繰り返された。そして私はサティの隣を許された。
「生きるも死ぬも一緒よ、サティ」
「・・・」
手を繋ぎ、見つめ合う。私もサティも微笑んでいた。やっとサティと共に生きられた気がした。
炎の中。
サティと口付けを交わした。建物が崩れ落ちる中の口付けは永遠にも似た刹那だった。
「サティ、貴方と死ねて幸せよ」
そう微笑んだら、手が、離れた。
「すまない、」
肩に衝撃が。サティの手が私の肩を押したのだ。距離の空いた私とサティの間に天井の木材が落ちた。炎の向こうにいるサティの唇が動く。
「愛してる。」
燃え盛る炎、瓦礫と化す建造物が五月蝿くて、何て言ったのかわからなかった。
「サティ!サティ・・・!」
必死に手を伸ばす。いつもならすぐにでもこの手を掴んでくれるのに、サティは手を伸ばしてはくれなかった。
「、こっちに来い!」
アシュに腕を掴まれる。
「嫌っ!サティ、サティっ!!」
届かない手の先には、微笑むサティがいた。あまりにも切ない微笑み・・・。一瞬、時間が止まった。伸ばした手がだらしなく宙でさまよい、半開きの口から漏れるはずの名前が出ない。
ガラ、
その一瞬で、サティの姿は消えてしまった。天井が崩れ、私とサティの間に壁を作ったのだ。
「サ、ティ・・・・・・」
行き場をなくした手は宙を掴む。
「・・・っ。こっちだ」
何も考えられなかった。ただアシュに引きずられサティから遠ざかる。(サティは私と共にいたくなかったの?)
中つ国が復興した夜。
遠くで賑やかな笑い声が聞こえる。しかし私にはそれが嘲笑にしか聞こえなかった。皆、幸せを分かち合う人がいる。皆、隣で笑う人がいる。
私は―――ひとり。
髪を梳いてくれる愛しい人がいない。手を包んでくれる愛しい人がいない。口付けてくれる愛しい人がいない。微笑んでくれる愛しい人がいない。
私の隣にサティはいない。
(なんで私と共にいることを、拒絶したの?)瞼の裏、炎の中にいるサティに問う。サティは微笑み、唇を動かすだけだ。
『愛してる。』
あの時サティは私に何と言ったのだろう。わからない。わかるのは、サティは私と共にいたくなかったということだ。
ああ、死にたい。