内蔵への一人旅




「頼久、貴方のせいよっ!貴方のせいで実久は死んだのよ!?返して・・・。私の実久を返して!!」

義姉上はそう叫んで私の首に白い指を食い込ませる。

「ああ、ごめんなさい頼久。ごめんなさい、ごめんなさいっ!」

私が死にかけると義姉上は我に帰り、その白い指を握り締めて謝り続ける。私は荒い呼吸を繰り返しながら義姉上を眺めるだけだ。以前、私が義姉上に近付き慰めの言葉をかけたら拒絶されたからだ。

『実久を殺しておきながらよくそんなこと言えるわねっ!?』

自分の愚行は、償えきれないものなのだと知った瞬間でもあった。





『頼久、紹介しよう』

私が義姉上に出会ったのはまだ新芽の出ていない冬。

『俺と婚儀を交わすことになっただ。お前の義姉だよ』
『よろしくね、頼久』

あの時、義姉上は幸せそうに笑った。そして私と兄上と義姉上の三人で暮らすことになった。私は遠慮したが、兄上も義姉上も一緒に暮らそうと言ったのだ。正直嬉しかった。それから三人で過ごした日々は温かく優しい記憶だ。

『兄上!義姉上!』

私が駆け寄ると微笑んで受け入れてくれる二人が私は大好きだった。大好きな二人が幸せなら私は幸せだったのだ。





しかし、兄上を私が殺してしまった日、幸せは崩れ落ちた。

義姉上は最愛の夫を亡くした悲しみに耐え切れず心を病み、穏やかだった雰囲気は鋭いものになり、破壊衝動に襲われるようになった。だから義姉上の部屋には何もない。全て義姉上が壊してしまったのだ。あの幸せな日々の面影は、もうどこにも存在しない。

「ごめんなさいっ、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ。頼久、ごめんなさい。ごめんなさい、実久・・・」

自分の身を抱きしめている義姉上は、兄上が殺されてから随分痩せた。ガタガタと震えるその身を必死に両腕で抑えようとしている姿はとても弱々しい。

「実久、実久、」

私は何かに取り憑かれたように兄上の名を呼び続ける義姉上を置いて部屋から出た。後ろめたいが、こうすることしか私にはできない。私は廊下を歩きながら、首に包帯を巻いた。首に残る義姉上の指の痕を隠す為だ。武士団の者達や近所の者達に、私が義姉上にいつも首を絞められることは知られてはいけないのだと自然と理解していたのだ。知られたら、皆は私を庇うだろう。義姉上を非難するだろう。私はそれがとにかく嫌だった。私を庇わないでほしい。義姉上を非難しないでほしい。なぜなら私は庇われるべき者ではないし、義姉上もまた責められる行いなどしてはいないのだ。義姉上が私を憎むのは当然であり、私は義姉上に殺されるべき者だ。殺してほしいとさえ思ってしまう。
ギシギシと廊下が悲鳴を上げる。
私は首に巻かれた包帯を撫でた。ああ、いっそのこと絞め殺してくれればいいのに。










その夜、夢を見た。

、これを君に』
『え?この簪・・・、』
『綺麗だろう?に似合うと思ったんだ』
『でも高くなかった?』
『うーん。値は張ったけどね。ただ、にあげたくて』
『・・・ありがとう、実久』
『どういたしまして』

夢はその昔、私が庭で見た仲睦まじい二人の光景そのままだった。義姉上は私に気付き、手を振る。私は手を振り返した。すると兄上も私に気付く。

『おいで、頼久』

私が二人に向かって駆け出したその時、目が覚めた。久々に満ち足りた心はすぐに空虚な穴が空く。

もう二度と、あんな日は訪れない。

私が兄上を殺し、義姉上から幸せを奪ったのだから。



それから再び眠ることは許されず、朝を迎えた。差し込む朝日にこの身が焼かれてしまえばいいのに。そんなことを思いながら、寝床を出て義姉上の元に向かう。朝食の有無を聞く為だ。しかしそれは建前で、実際は義姉上に首を絞められに行っているようなものだった。私は一度も義姉上に朝食の有無を聞いたことなどないのだ。聞く前に、首を絞められる。

『ねぇ実久』
『何?
『私、幸せだわ。実久と頼久に出会えて幸せなの。実久と愛し合えて幸せなの』
『俺も幸せだよ、と愛し合えて幸せだ。願わくば・・・ずっとこの幸せな日々を―――』

廊下を歩いていたら、いつかの二人の会話が聞こえた気がした。



義姉上の部屋の前に立ち、首の包帯を外して懐に仕舞う。今日は殺してくれるだろうか。馬鹿げた希望を胸に抱き、襖を開けた。

「義姉、上・・・」

私の目に飛び込んできたのは、突き出した梁に括り付けた帯で首を吊っている義姉上だった。部屋の物を全て壊し、自分の心を壊し、次は私を壊すのだろうと思っていたが義姉上は私ではなく自分を壊してしまった。

これで私に罰を与えてくれる者はいなくなった。

私は冷たくなった義姉上に歩み寄り、その爪先に触れた。


「私は貴女に殺されたかったのです、・・・義姉上」


首に残った痕だけが、義姉上の生きた証のような気がして、私は自分の首元を撫でた。

込み上げたのは、愛しさだった。


遙かの突発お兄ちゃん短編企画より。

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