君に三千回の愛してる
「白石とちゃんってカレカノって感じせぇへんな」
部活中、俺とフェンスの向こう側にいるを見比べて、謙也は言った。
「なんかちゃんって気の利くええ子って感じで彼女っぽくないっちゅーか…。って、そんな睨むな」
「睨んでない」
「ほら、我儘とか言いそうにないなー、って思っただけで」
謙也が浮かべた苦笑いに、つい溜息が零れる。
「が俺にめっちゃ尽くしてる感じ?」
そう、それ!とどこかスッキリした面持ちになる謙也。
俺は「やっぱりそう見えるんか…」と謙也にもにも他の皆にも聞こえないように、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。
別に隠すようなことでもないし、隠しているつもりもないんやけど、なぜか俺の方がにベタ惚れで尽くしまくっているという事実は全く知られておらず、どういうわけか皆の脳にはその真逆の印象が根付いているらしい。
確かにはおしとやかで奥ゆかしく、積極性が欠けた女の子や。
そんでもってめっちゃ気が利く。
俺が「気になってる」と言ったサプリを、「薬局でたまたま見つけたから」と言ってわざわざ買ってくれたり。
とにかく、はそんな感じの子で、可愛いんや。
そんでもって俺はもちろんが好きなわけで、を喜ばすことに全身全霊をかけていると言っても過言ではない。
そこらへんも、もちろん無駄なく完璧にやることが大切だ。
好きな子の前なんやから、尚更。
けれど。
そう、BUTや。
しかしながら、俺が完璧な気遣い、いわゆる紳士的言動を取っても、の方が気遣い上手である為、どう転んでも「王子様な蔵ノ介と侍女の」という図しか成り立たなくなるのだ。
そういった先入観が事実がある為、皆の目には俺がどんなにに尽くしているかが映らないらしい。
皆にとって俺は「王子」なことが少しばかり残念で、が「侍女」なことがかなり残念や。
俺にとっては完璧な「お姫様」。
そして俺が「王子」なら完璧。
俺としては「執事」でもええ。
兎にも角にも、皆がまるでが俺のことをすごく好きで、俺はただ優しいだけだと思っていることが寧ろ腹立たしく、俺がどんなにのことが好きなのかを知ってほしいと歯痒く思っているんや、俺は。
「…蔵?」
の声が耳をくすぐった。
ああ、そうやった。
今はと一緒に帰ってるんやった。
「ん?」
右隣を歩くに視線を向けると、身長差でこちらを上目で見つめると目が合った。
「考え事?」
はくすりと笑う。
一緒に帰っているのに、考え事なんかしてた不甲斐ない彼氏に気を悪くしたわけではないようだ。
「そう、考え事。…ちょっと、俺とについて考えてた」
「へぇ。どんなこと?」
「どうやったら俺のへの愛を世界中の全生物に証明できるかなーって」
「何それ」
「笑うなんてひどいなぁ。俺は真剣に悩んどるのに」
「そっか。なら、手を繋いで歩いたら、きっと証明になるよ」
は「ね?」とにっこり笑う。
こういうところが、可愛くて好きや。めっちゃ好き。
「せやな」
そっとの手を俺の手で包む。
はきゅっと握り返してくれた。
「そうだ、蔵」
「何?」
「そこに美味しいタイ焼き屋さんがあるの。食べよ?」
「ええよ。奢る」
「ありがと」
は先述したとおり、積極性に欠けるが少しばかり強引な面があり、甘え上手だ。
というか、気の遣い方を熟知している。
今の「奢る」という発言に対して、すぐに「ありがとう」と言う。
それを気に食わなく思う奴はいるかもしれないが、俺は全く気にならない。
だって、ここでが遠慮して「いいよ」なんて言ったら、俺は「ええからええから」と言い、または「自分で買う」と言うだろう。
そんな押し問答、意地の張り合いは時間と労力の無駄やし、気まずさや喧嘩を生み出すかもしれないし、奢ることになっても奢らないことになっても「気を遣わせた」と変な負い目を感じることになる。
だから、こういう時は素直に甘えるのが1番。
「ありがとう」と笑ってくれた方が奢る側としても気持ちええ。
そういうのを、は心得ている。
だからこそ、彼女の強引さは際立つことはない。
例の「は侍女」という偏見は、きっと彼女のそういった面を知らないから言えることだろうと思う。うん。
「タイ焼き2つー」
「まいどっ」
の言ったタイ焼き屋は、いわゆるワゴン屋台で、公園を縄張りにしていた。
小学生なんかが時々買いに来ているのを横目に、俺とは公園のベンチに座ってタイ焼きを食べる。
「、喉乾かへん?そこの自販機で何か買ってくるけど」
「蔵の好きなのでいいよ」
「了解」
タイ焼きをに預けて、俺は自販機へ向かう。
何を買おうかな、と思いながら、が俺の買った缶ジュース片手に「ありがとう」と笑うのを想像すると顔がにやける。
の為なら、100円200円、1万円だって使えてしまう。
愛を金で勘定する気なんて更々ないんやけど。
*
「蔵、おはよう」
「おお、おはよ」
朝は俺はテニス部の練習があるから、一緒に登校とかはしていない。
というわけで、ここは朝の校内。
たまたま廊下でと会ったのだ。
ちなみに俺とのクラスは別だ。
「せや、…」
「何?」
俺は昨日の夜から鞄に仕込んでおいたある物を取り出す。
「これ」
そう言って俺が差し出したのは、日本中でちょっとした話題になってるお菓子。
すごく美味しいらしく、どこの店でも完売必須のもんや。
が前「1度でいいから食べてみたい」と言っていたから、探しまくってやっと手に入れた品。
は目を大きく開けて「嘘!?」と驚いた。
「蔵、これどこで手に入れたの!?」
「企業秘密や、企業秘密」
本当は、昨日の早朝から隣の隣のそのまた隣の町の、マイナーだけど意外と品揃えのいいスーパーに行って買ったんやけど、格好悪いから言わへん。
の為なら、これくらい余裕や。
「昼にでも一緒に食べよな?」
「うん、ありがとう、蔵」
嬉しそうに幸せそうに、満足気には笑った。
その笑顔は俺の至福そのものなんや。
「はな、俺の大切な大切な女の子なんやで?の喜びはそのまま俺の喜びに繋がるんや。だから俺はの為なら精一杯頑張れるし、の頼みなら何だって叶えられる。まさに愛や!!エクスタシー」
2限の前の休み時間、朝のとのやり取りを目撃したらしい謙也に「ようやるなぁ」と呆れ気味に話しかけられたから、少し、ほんの少しへの愛を語った。
足りへん、足りへん。
こんなもんじゃ、俺のへの愛は語ってないに等しい。
俺は口下手ではないんやけど、何やろ。
どーして足りないんやろ。
俺がにゾッコンやって、どうやったらわかってもらえるんやろ。
今まで学校内でに対する愛を自重した覚えもないし。
あれ?
てゆーか…。
なんで俺、こんなにへの愛を周りに知らしめたいんやっけ?
昼休み、食堂でと向かい合って昼飯を食べるのが日課。
俺は豆乳を飲みながら、じっとを見つめていた。
は髪を耳にかけて小さな弁当を食べている。
可愛えなぁ、と微笑んだ。
すると、
「あー、白石や白石やー!」
金ちゃんがひょこっと現れた。
「ちゃんもおる!2人は今日も仲良しやなぁ」
無邪気に笑う金ちゃんに、は「金ちゃん、こんにちは」と笑いかけていた。
俺は折角の2人きりなのに、と少しむくれた。
ああ、あかんあかん。
金ちゃんみたいなお子様相手に嫉妬とか格好悪い。
にこれで失望されたり、したくない。
「金ちゃん、俺ら、今お昼食べてんねん。見ればわかると思うけど」
俺はなるべく穏やか且つ紳士に金ちゃんに微笑みかける。
「そんなん、わかってるで?」
金ちゃんは言いたいことがわからないらしい。
「つまりや、金ちゃんは俺との邪魔を、」
「ああーーーーー!!!!!!」
俺がトドメに一言、言おうとしたのを金ちゃんの大声が遮る。
金ちゃんはの方を指差してした。
何かとを見ると、は俺が朝あげたお菓子をその手に持っていた。
「それめっちゃ美味いんやろ!?知ってるで!!どこ行ってもなくなってるやー」
「いいでしょ」
「ええなー…」
金ちゃんがしょぼんとし、が意地悪に笑う。
むかむか。
「ちゃん、それ…ひとつくれへん?代わりに何でもしたる!」
金ちゃんの元気の良すぎる声。
は一拍置いて、ニコッと笑った。
俺は、の唇が開きかけたと同時に、
「金ちゃん、そろそろ教室行かんと…」
毒手攻撃に出た。
金ちゃんは「毒手は嫌やー」と帰って行った。
あー、そうか。
そうやったんか。
俺は、どうしてへの愛をこんなにも周りに知らしめたいのかが何となくわかった。
「金ちゃん、可哀想」
はクスクス笑いながら、「蔵も食べよう」とお菓子を机の真ん中に置いた。
「」
「ん?」
は、今すぐにでも食べたいだろうに、お菓子を口に運ぶ気配なく、俺の真っ直ぐな眼差しを受け止める。
「それは、俺がの為に買ってきたお菓子やから、誰にもあげんといて。そんで、俺以外の奴に頼ったりしないでほしい」
ああ、これは…独占欲だ。
に優しくするのも、に尽くすのも、俺だけでええんや。
『をこんなに愛せるのは、この世でただひとり、俺だけや』って、証明したくてたまらない。
そうして俺以外の人間がに近付かなければええ。
「だって、は俺だけのお姫様なんやから」
は、無邪気に笑う。
「なら、ずっとずっと、私を好きでいてね?」
「がそれを望むなら、喜んで」
さあ、次はの為に何をしてあげようか。