いつもどおりの朝




寝起きっていうのは、ぼーっとする。
何かを考えようとするのだけれど、ちゃんと頭が働かない。
目を何とかこじ開けるんだけど、周りの景色はぼんやりしている。
なので私は、私を抱き締める卓也君の腕の中で二度寝の態勢に入る。

「二度寝します」

ふにゃふにゃした発音でそう言えば、卓也君は「ん」とだけ返した。
卓也君は起きてはいないので、正確には返答では決してないのだが。
そうして私は気持ちよく二度寝に入った。







二度寝に入ってから随分寝たような気もするし、少ししか寝ていない気もする。
そんな中、卓也君の声が聞こえた。

、お前、今日の大学、2限からだろ。起きろ」

揺すぶられる体と卓也君の声にハッとして飛び起きる。

「今何時!?」
「8時半」

なら、丁度いい時間だ。
どうやら寝坊ではないらしく、ほっと胸をなで下ろす。
卓也君は引き締まった上半身を惜しげもなく晒して、ベッドから抜け出した。

はシャワー浴びとけ。朝飯作っといてやるから」
「んー」

カーテンの隙間から漏れている朝日に、今日も晴れかと思い、腕をぐっと天井に向けて伸びをする。
ふわあぁと大きな欠伸をしながら、私も愛しいお布団との別れを惜しみつつお風呂へ向かった。
洗面所には、私と卓也君の歯ブラシセットが並んでおり、他にもワックスや化粧品が綺麗に飾られていた。
大学に入るとほぼ同時に、この同棲を初めて早2年が経過している。
この2年、何の問題も起こっていないところを見ると、私と卓也君は相性がいいらしい。
中3から付き合ってることや、この同棲生活を知った友人は揃って「すげぇ」と口にした。

「シャワーを浴びます」

謎の独り言を零して、パジャマと下着を洗濯機に放り込み、ペタリと浴室に足を踏み入れる。
シャンプー、リンス、ボディーソープは兼用なので、私と卓也君は同じような匂いになる。
一緒に選んだシャンプー達にちょっと笑って、私はシャワーを自身にぶっかけた。





さっぱりしたー、とリビングに入ると、ご飯に味噌汁、焼き魚という朝食が並んでいた。
卓也君は料理が得意で、特に和食が美味しいのだ。
私も和食は得意だけど、多分卓也君の方が作れる。
そういうので卓也君と一緒にいると自己嫌悪に駆られ、別れた方がいいのでは、と思ったこともあったが、それは高校時代の話だ。
もう今は乗り越えてしまっているので、私は「美味しそう」と素直に言って食卓につけるのだった。

「そういや、もうシャンプーなくなりそうじゃなかったか?」

お醤油を手に卓也君も向かいの席に座る。

「うん、なくなりそうだった。私、今日買って帰るね」
「ああ、頼む」

一回座り直して、卓也君としっかり向き合う。
そして手を合わせた。

「いただきます」
「いただきます」

魚はアジだ。
ほぐれた身がいい焼き加減で、口の中でほくほくした。

「由奈ちゃんがね、また彼氏変えたんだって」

ふと頭に浮かんだのは、ついこの間まで奏矢君の彼女だった子のことだ。
卓也君と奏矢君はバンドを組んでいて、私は奏矢君を通じて彼女、五十嵐由奈ちゃんと知り合ったのだが、とにかく可愛い子だ。
とにかく愛されるために生まれてきたようだった。

「彼女、半年ごとに彼氏変えてんじゃねーか?」
「奏矢君の前が御子柴君で、その前が巳城君で、更にその前が悠人さんだっけ。これが大学入ってからでしょ。それで高校時代が確か、まず奏矢君と付き合ってたんだよね。それで最近ヨリ戻したかと思ったら巳城君が寝取って、今の彼氏が澪ちゃん。で高校時代は奏矢君の次が悠人さんでー、あれ?立夏君とはいつだっけ?」
「よくわかんなくなってきたな」
「だね」

ビッチとか尻軽とかではない、はずだ。
1人最低半年は続くわけだし。
いや、でも彼氏いない状態がほとんどないわけだし、うーん。

「てゆーか、お前もよくあの周りの男関係知ってるな」
「由奈ちゃん通じていろいろと知り合っちゃったしね。女友達も濃い子が3人増えたし」
「ああ」

何かを悟ったような、遠い目をした卓也君にはあえて触れず、私は味噌汁を啜った。
出汁がきいていて美味しい。
味噌汁は、こう、染みるっていう感じで、ほっと息を吐く。

「で、その五十嵐さんを通じて知り合った男共とは仲良くやってんのか?」
「何とも言えない」
「なんだそれ」
「メールし合う程の仲でもないし、町で会うことなんて稀だし。仲が良いとは言えないんだよね。会ったら世間話くらいはできるけど」
「そんなもんか」
「そんなもんでしょ」

それから暫くして、お互い朝食を食べ終え「ごちそうさま」をした。

、今日の夕飯何?」
「お肉です」
「おお、いいじゃん」

リビングでソファに座って悠長にテレビを点ける卓也君の傍ら、私は鞄の中を忘れ物がないかチェックする。
今日提出のレポートはちゃんと持ったし、大丈夫だ。

「じゃあいってくるね」
「いってらっしゃい」

数秒間見つめ合った後、掠めるようなキスだけして、私はリビングを出た。
靴は、今日の服装に合わせてミュールにしよう。
卓也君とデートした時、卓也君が買ってくれたものだ。
ミュールを履いて、スカートを少し正して、扉を開く。
そっとリビングの方を見ると、卓也君がソファ越しに振り向いて、柔らかく笑って手を振った。
私も笑みを浮かべて手を振り返し、家を出る。
今日も頑張ろう。


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