5回目の思い出




初めての相手は、卓也君だ。
愛と慈しみと、少々の乱暴。
私を大切にしようと、ゆっくり優しく事を進めたかと思えば、性急になったり。
卓也君の切なげな顔が印象的。
そんな初めてだった。





「私ね、小学校の遠足とか以外で、初めて手を繋いだ異性って卓也君なんだよ」

何も纏っていない体は気怠く、白いシーツに沈んでいる。
卓也君もまた、裸のまま私の隣で横になっていた。

「初耳だ」

少し掠れた声は色っぽい。
私は卓也君の胸板にすり寄る。
卓也君はそれに応えてくれる。

「私達、中3の春に付き合い始めたでしょ?」
「ああ」
「それで、初めて出会ったのが中1の冬」
「うん」
「手を繋いだのは、中2の夏だった」
「覚えてるよ」
「うん」

中学、高校、大学と、私と卓也君は違う学校だった。
そんな私と卓也君の出会いは、雪の降る日だった。
見ず知らずの私に、卓也君が傘を貸してくれたのだ。
それが出会いだ。
違う学校だから偶然会うことなんてほとんどない。
でも、私と卓也君は、その出会いから中2の夏に至るまで、4回会っていた。
そうして5回目の出会い。
私と卓也君は手を繋いだ。

「青春だったな、あれは」
「確かに」

卓也君の指先が、私の指に絡む。
卓也君の手は少し冷たくて気持ちいい。
その手は私を引いて、涼やかな水の元へと連れて行った。

「プールに忍び込むとか、な」
「ねー」

あの夏の日、私と卓也君は学校のプールに2人で忍び込んで、足だけをプールの中に浸して涼んだのだ。
卓也君が好きだと確信した日でもある。

「もうあんなことできないね」
「あー、いや、できるんじゃね?まだいける、かも」
「どうかな、卓也君、あの時と比べたらかなり落ち着いちゃったし」
「それを言うならもだろ」
「えー」

中学時代の卓也君は、今よりも幼くはあったが、それでも落ち着いていたし、余裕のある雰囲気は既に纏っていたのを覚えている。
そこがかっこよくて、ドキドキしちゃったのだ。
まずは顔だったのだけど。

も俺も、少しずつ大人になってるんだよ」

少しだけ卓也君の胸板から顔を離して卓也君を見上げると、卓也君の手のひらが私の頬を包んだ。
ひんやりしてるのに、温もりを感じる。

「私、卓也君と一緒に大人になれて嬉しいよ」

できることなら、このままずっと一緒に大人になって、一緒におじいちゃんとおばあちゃんになれたらいい。
そんな私の思いを悟ったのか、卓也君はとても温かく笑った。

「そうだな、俺もそう思う」

私も微笑み返して、そのまま目蓋を下ろした。
暗転した意識の中にぼんやりと、卓也君のぬくもりと優しい声が残った。

の最初も、最後も、俺のものだから覚悟しとけよ?」

いいよ、と答えたつもりだけど、ちゃんと声に出せたのかはわからない。





眩しい日差しに積乱雲と蝉の声。
足が浸かるプールの水面がキラキラ光って、隣には今日で会うのは5回目になる男の子。
名前は吉田卓也というらしい。
14歳にしては大人びていて、色っぽい彼は私を連れて、このプールへと忍び込んだ。
彼の通う中学校のプールサイドは、他校生である私の目には新鮮で物珍しく、違う世界に迷い込んだみたいに映った。

「あー、やべぇ、汗かいてる、俺」

ばさばさとシャツを扇ぐ吉田君の胸元が見えて、私は慌てて目を逸らす。
吉田君でなければ、私はこんなに恥ずかしくなかった。
吉田君は上述したように、色っぽいから、なんだか恥ずかしいのだ。
そんな吉田君の雰囲気やらフェロモンに若干目を回していると、パシャッ、と顔に冷たいものがかかった。

「えっ!?」

驚いて振り返ると、そこにはプールの水をかけたのであろう吉田君のちょっと意地悪な笑顔があった。

「涼しい?

私は仕返しとばかりに、プールの水を払って、吉田君にかける。

「吉田君も涼しい?」

吉田君は私よりも水を被って、髪から水が滴り落ちている。
顔に張り付いた前髪の隙間から覗いた吉田君の垂れ目は独特の色っぽさを携えて、私を映した。
それに、ドキッとした。
少し頬を赤くした私の隙を逃さず、吉田君は「おらっ」とまた水をかけてくる。

「うう……」

見事に頭から水を被った。
卓也君は喉で笑っている。

「吉田君ってこういうことするとは思わなかった」
「こういうことって」
「こういう、子供っぽいこと」
「そうか?そんなことねーけど」
「それは今わかった」
「ははっ」

吉田君の笑った顔はもう何度か見ている。
クールっぽい人なのに、温かく可愛く大きく笑うのだ。
するとドキドキしてしまうのだ。

は、印象変わらないな」
「どんな?」
「秘密」
「え、ずるい」

吉田君と一緒にいると楽しいし、安らぐし、でも心臓はうるさい。
これは何なんだろう。
そう、思った時だった。
吉田君が不意に、私の手を握った。

の手、ちょっと温かいんだな」

吉田君の声に、体温に、笑顔に、心臓が跳ねた。
そして思った。
好きだと。

「吉田君の手は、冷たいね」
「気持ちいいか?」
「うん」

吉田君と過ごす時間は特別だった。
他愛もない会話や、ちょっとした表情の変化や、不意に触れた時、全てが特別で胸が高鳴った。
5回目に出会った夏の日、プールサイドで、私は吉田君が好きなのだと、自覚した。





なんだか、懐かしい夢を見た気がする。
というか、思い出を垣間見た気がする。

「んーー…」

隣では卓也君がカーテンの隙間から入る朝日に抵抗するように、毛布を引き上げて顔を隠そうとしている。
なぜか笑みが零れた。
ああ、私、卓也君が好きで、両思いで、こうして一緒にいられて、幸せだなー。
なんてことを思って、とりあえず二度寝した。


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